霊のにおい

飼っていたサザナミインコを相次いでなくして
彼女たちのお墓を建てるようにこのマンガを描きました。

描いている間も身体のあちこちが痛くてつらかったけれど
なんとか描き終えることができてよかった。。。
描く前よりも気持ちの整理がついた自分がいます。

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いとしい存在をうしなったとき

人でも動物でも
人生のパートナーとして共に暮らしてきた存在を失ったとき
深い悲しみにおちいります

50代を目前にして思うのは
しっかりと気が済むまで悲しんだほうがいい、ということ

ちゃんと悲しまないと悲しみって癒えないんですよね…

マンガの中で描きましたが
「悲しみは食べないことを許されない嫌いな食べ物のよう」
そう思うのです。

よく噛んで味わうと大嫌いな味が広がり
苦痛に身もだえしたとしても
それはきっと血肉に変わり
人生をよりよく生きていく礎となります。

悲しむことはけっして悪いことではないんです。

霊のにおいは…

都内の軽量鉄骨造のアパートで
祖父母が住んでいた木造家屋のにおいがして
そのにおいは最初の晩だけしかしなかった、
というマンガ冒頭のエピソード

この出来事で
「私は霊のにおいをキャッチできてるかもしれないな…」
と思っていたのですが
自分でも半信半疑でした

このひとつの出来事だけでは
自分自身を説得することさえできません

しかし
小夏と菜々のにおいを感じたことで確信に変わりました。

小夏は最初の晩だけにおいで存在を知らせてくれましたが
菜々は一週間あいだをおいてから
私がふとんに横たわっていると枕のまわりにやってくるようになりました

昨日も昼寝中に菜々がやってきましたが
においはだいぶ弱くなっていました

そろそろ本当に虹の橋の向こうに行く時期なのかもしれません

亡くなってからの小夏と菜々のにおいは
生きていた時よりもつよいにおいでした

においの質は生きていた時とほぼ同じで
においの量が違う感じです

カフェの
誰も座っていない隣の席に
香水のかおりを感じるときは

「さっきまで誰かここに座ってたんだな」としか
考えなかったのですが

もしかしたら
あれも
霊のにおいだったのかもしれません