夏休みの宿題 親がどこまで手伝うか

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「おかげさまで」

宿題は親が手伝えても、
学校での授業や活動は手伝えません。

親が描いた絵の具のグラデーションを、
子どもが自分のテクニックだと思ったまま絵を描いて、
その自分の実力そのままの絵を、どう受け取るのだろう?と思うのです。

それなら
子どもが「全部自分でやった」と言っても差し支えのない範囲を念頭に置いて
親が手伝うのがひとつの方法なのかもしれません。

親がやったところも「自分でやった」と言い放つ子どもを目の前にしながら、
教育や親のあり方は、
「このままでいいのだろうか」と考えてしまいました。

まあ、私には子どもがいないので
「部外者は黙れ」
と言われればそれまでなのですが。

友人の話を聞いていると
子どもにかかわる多くの大人たちの意識が、
子どもの世界と大人の世界を切り離して考えている感じがしました。

遠く離れているように感じても、地続きです。

「やってない」ことを「やった」と言い放つ人と組んで仕事をすると、
困ることがたくさんありましてね。



今ではあまり聞かれなくなった「おかげさまで」という言葉。

自分と他者との境界をはっきりと理解して、
「やったこと」「してもらったこと」も分けて考えられる力をもち、
人として成熟していなければ、
この言葉に感情をのせて使うのは難しいのかもしれません。

そうだとしたら、
「おかげさま」という言葉が
あまり聞かれなくなった理由もわかる気がします。

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